FIRE生活も1年半が過ぎ、最近つくづく思うのは「快適さは自分でつくりだすもの」ということです。そんな当たり前のことを長いサラリーマン時代の「我慢は美徳」的な価値観で忘れてました。
例えば、最近「旬のフルーツ」をよく買うようになりました。美味しそうだなと思ったら、多少高くても買うと、身体がとても喜びます(旬のものは大抵一番安い時が一番美味しいのですが)。
また、私は冬に乾燥肌のかゆみの悩みを抱えていたのですが、妻のアドバイスで、少し高めの最近発売された保湿液を買って使ってみたら、嘘のようにかゆみが低減しました。びっくり。
あと、いままでインナーは1年中ユニクロの「エアリズム」を使っていたのですが、寒さによって極暖・超極暖の「ヒートテック」を使いわけることで、街歩きの快適さが格段に上がりました。
また、街歩き先の詳細なトイレマップを頭に叩きこむことで、自分のトイレのタイミングで我慢することなく、快適なトイレタイムを日々実現できるようになりました。結構大事な話ですね(笑)
もちろんFIREまでの「資産形成期」は節約や我慢をして目標に近づくことも大事だと思います。ただFIRE後は「資産活用期」なわけで「節約や我慢」より「快適さや効用」が重要なわけです。
その「快適さ」は自分でつくりだすしかなく、サラリーマン脳(全てにパッシブ)なままでは「快適さ」は高まりません。日々、自分で考えたり、本や人から示唆を得たりしてつくるわけです。
もちろん「資金的な裏付け」は大事ですが、時間をかけて資産形成を実現したようなタイプの人はライフスタイルも確立していて、意識しなくても過剰な出費にはならず微調整で済むと思います。
インドの古代哲学では25歳から50歳までを「家族や社会の為に働く期間」、50歳から75歳を「自分の為に自由に生きる期間」と定義してます。私もこの考えで「50歳」までFIREを待ちました。
今は51歳なので、今後は「より快適さ」を追求しながら「自分の為に自由に生きる期間」を満喫しようと思います。もちろん日本の法律は守りますし、「ワガママ」過ぎる状態には気をつけます。
今後の目標は「七十にして矩をこえず」(孔子の言葉。70歳で心(欲求)のままに行動しても、人としての道徳や規範(矩=のり)を踏み外すことがなくなる理想的な境地)ですね(苦笑)。

