日経新聞朝刊2026年2月23日にピアニストの角野隼斗氏が、
「AIの進化はクラシック音楽の分野では、今のところ直接的な影響はほとんど感じていない。ただ動画の世界ではAIで生成されたものと実在するものの区別が難しくなっている。音楽の世界でも同じことが起きていくだろう。
同じ空間を共有し、そこで鳴っている音を共有するのは紛れもない事実であり、人間同士の関わりだ。そうなるとレコードが発展する前の時代に回帰し、生演奏の価値は相対的に高まると思う。
美的価値の基準も変わるだろう。AIが普及すれば、完璧なものは容易に実現できる。完璧で非の打ちどころがない音楽は必要とされなくなっていくと考えられる。
人が演奏する『揺らぎ』でさえもAIは再現できるようになるかもしれない。だから人間にしかできない絶対的な『何か』を定義することはできない。現在の『AIっぽい』という違和感はAIが発展途上だから感じるのであり、数年後にはなくなる可能性がある。
音楽の価値は作品主体から人主体へと比重が変わっていくのではないか。その人がどんな人生を生き、どういうことを考え、どのような哲学で音を選ぶのかが、『人間だからこそできる音楽』の意味を形作るのかもしれない。」
とコメントしてました。
また、「音楽にアクセスするコストやハードルがものすごく下がった。一定金額を支払えばほぼ全ての音楽を自由に聴ける。自分が子どもの頃にはあり得なかった」ともコメントしてました。
確かにApple Musicは現在「月900円」でほぼ無限に音楽が聴けます。私の学生時代だとCDアルバム1枚2000円はしましたから、インターネットの登場によって凄まじいデフレが生じたわけです。
そういう意味でも「音楽作品」の金銭的価値は下がり「人」に価値が移るという角野氏の指摘も納得できます。「生演奏の価値が相対的に高まる」ということも既に起きていいる事実でしょう。
私も自宅で聴く音楽は月900円のApple Musicで満足してますが、FIRE生活ではライブに行く機会が増えました。それに結構な金額の予算を割り当ててます。実際に生演奏を聴きたいからです。
最近だとサー・アンドラーシュ・シフが4月にサントリーホールで演奏するバッハ「フーガの技法」のチケット獲得に情熱を傾けました。なんとか発売日当日の争奪戦をくぐり抜けました。
「あのシフが70歳になったら弾きたいと常々言っていたバッハの遺作を日本で遂に演奏する」というストーリーには高い魅力があり、私には一人1万円超のチケット代も安く感じるくらいでした。
でも1万円ってApple Music1年分に近い金額なんですよね・・・人の価値観って不思議(苦笑)
