「棺桶まで歩こう」(萬田緑平著・幻冬舎新書)という本を読みました。緩和ケア医の死に関する書ですが、私は75歳以降の「理想の死に向けた旅立ちの期間」に向け、この手の本も読みます。
「僕は、歩くスピードや歩幅で、その人の余命がほぼわかると考えてます。
スタスタ歩ける人は、おおむね10年以上生きられるでしょう。イスから腕の力を使わずに立ち上がれる方なら、余命1年以上。立ち上がれない方は余命半年以内。ちょこちょこしか歩けない人は、余命数ヶ月。歩けない人は余命1ヶ月以内、というところです。
人間というものは、歩いている限りは死にません。「棺桶まで歩く」人生は可能です。」
と2000人以上看取った緩和ケア医である著者は述べてます。
以前、現在私が住んでいるマンションの地権者だった90歳近いおじいさんがいたのですが、彼は毎日、朝からずっと近所を歩いてました。ただ、ひとりで無心に(と思われる)歩いているのです。
当時、私は仕事から帰ると夜に近所のジムにいって運動していたのですが、そのジムのプールでも彼は歩いてました。いつも見かける時はずっと歩いていて、会うと明るい挨拶をしてくれました。
そのおじいさんは、ある朝、朝食を食べている時に、突然「具合が悪い」と家族に告げると、容態が急速に悪化し、病院に向かうタクシーの中で静かに亡くなられました。
そのことを聞いて、なんとも立派な方だなと思ったものです。家族に迷惑をかけることもなく、最後まで自力で歩き、病院の世話になることも無く旅立つ。私にとって「理想の死」に近いです。
この本でも著者は、終末期は病院で治療し続けるという選択肢以外に、自宅で最後まで歩いて死ぬという選択肢もあるんだ、ということを強調してます。自分の望む選択をすれば良いわけです。
そんな中、意外だったのが、その邪魔をするのが家族の場合が多いということです。延命治療を望まないと本人が明文化していても、家族はそれを否定して延命治療を実行してしまうそうです。
その点、今の日本では、一人暮らしで家族がいない方が、医師・訪問看護師・ヘルパー・ケアマネージャー等の支援を受けて、むしろ自分の望む死を実現できる状況なんだそうです。これも意外。
また軽度の認知症の状況で、無理に入院するとパニック状態の「せん妄」に陥りがちだそうですが、これも自宅に戻れば解消することが多いとのこと。住み慣れた自宅は大事なんですね。
また著者自身は「健康診断ももちろん、人間ドックなどは受けません。病気にかかっても別にいいし、気がづいた時に「もうダメ」だと言われてもかまわない。」という考えだということです。
あまりに多くの老人を見てきたことから、80歳以上の長生きは「認知症」等のリスクの方があまりに大きいというのが実感だそうですが、たしかにそういう面もあるかもしれませんね・・・
私もFIRE後は「東京都心の街歩き」にどっぷりハマっており、最近は1日「25000〜30000歩」歩く日も多くなりました。今後も可能な限り歩き続け、もし「棺桶」まで到達できたら最高ですね。
