「消費社会をと問いなおす」(貞包秀幸著・ちくま新書)とう本に、
「ジョン・スチュアート・ミルは『他人の幸福を奪ったり、幸福を求める他人の努力を妨害しないかぎりにおいて、自分の幸福を自分なりの方法で追求する』権利を主張していた。
その主張が正しいとしても、それが消費の自由をすぐに保証するわけではない。現代社会においては『貨幣(お金)』こそが個人の消費の自由を押し通す為の具体的な根拠だからだ。
それを確認するために、政治的な権利が保証されても私的な消費ができない社会を想像してみればよい。そうした社会では社会規範から外れた消費は、ときに命がけの行為にさえなるだろう。
現代社会においてはアルコールの過剰摂取なども「愚行権」として一定程度許容されている。お金によって支えられた消費の自由の魅力はそうした「愚かさ」を許すことにさえあるといえる。」
という内容が書かれてました。若干難しい言い回しになってますが、消費の自由は「法や権利」というより「貨幣(お金)」が支えているという著者の主張は私にはしっくりきます。
ただ、消費の自由には「貨幣(お金)」以外にも「平和」の存在も大きいと思います。
私は「自由で平和な国」でFIRE生活を送りたいので、現時点の日本に大きな不満はありません。
絶対避けてほしいのは「戦争」や「ハイパーインフレ」といった事態で、今の世界情勢には少し懸念を感じてます。権威主義は自由と平和が失われるリスクを抱えているように思うのです。
私としては、これからも「平和」と「貨幣(日本円)」の価値が維持され、消費の自由を堪能できる社会であってほしいですね・・・


にほんブログ村